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ようこそ!ぱずさば開発室へ!
「おはようございますっ!!」
あたしはいつものように元気に職場のドアを開けた。
「相変わらず元気だな」
室長が表情も変えずにそう呟いたのが聞こえた。
しかし、実際のところは私はゆうべ、とある事を考えに考えすぎて、ほとんど眠れていなかった。
その原因となった一枚の紙切れを、投函箱へと入れた。
「チュン、まだ入れてなかったんだ?」
先輩のメイファンが話しかけてきた。
疲れを悟られないよう、慌てて彼女の方へ笑顔を見せる。
「えへへー、すごく悩んじゃって。こんなチャンス滅多にないので」
「たしかにね。スタッフから次のコラボの案を募ってそこから選抜するって企画は初だからね」
「うんうん!」
「で、なんて書いたの?」
「ナイショー」
私がそう言うと、メイファンは笑った。
「ほんとチュンってパズサバ好きだよね。運営よりプレイヤーになった方がいいんじゃない?」
メイファンの言葉は皮肉でもなんでもないと私はわかっていた。
彼女は私がパズサバを好きだけど、それ以上にプレイヤーさん達が楽しむ姿が好きなことをよくわかってくれているから。
「…チュン、ちょっといいか」
席に着こうとしたところ、室長に呼び止められた。
室長がこんなトーンになるのは何か厳しいことを言いたい時だ。
私は荷物を机に置くと、室長に言われるまま面談室に付いて行った。
狭い部屋で室長の対面に座る。
室長は何かがリストにされたA4の紙を私の方へ滑らせ、口を開いた。
「なんのリストかわかるか?」
「はい、たぶん、みんなが出した次のイベントのパックの価格意見をリストにしたものですよね?」
「そうだ。…1人だけ随分と安いのがあるよな?」
室長が指差す箇所には1999と書かれていた。
「通常、イベントアイテムの上位パックは金券にして4999だ。他の者達もほぼその上下500にとどまっている」
そう。指さされている額は私が出した案だ。
室長は深くため息をついた後、私の目をまっすぐ見て続ける。
「1999。半額以下だ。1と4のキーが近いから打ち間違えたのか?」
「いいえ」
室長の気迫に負けず、私はキッパリと否定した。
「素直に、私がその方がいいと思っている額です」
「……」
室長の鋭い眼が私から逸れない。
だけど怖くはない。実は私と室長は、運営方針の違いでしばしばこうしてぶつかるのは日常茶飯事だったからだ。
「今までの相場は理解してますし、急激に変えるのは古参プレイヤー達とのバランスにも影響があることは重々承知です。
リアルタイムのストラテジーゲームでこれだけのプレイヤー数なのでサーバー代もバカにならないのもわかってます。
だけど、一旦そこは度外視して、シンプルに今のパックは高いと思っているので思い切って書いただけです」
「……ほう」
「もう少し気軽に課金できる価格で、微課金者を楽しませるくらいでいいと思うんです!その方が総合的に重課金者も過疎化を避けられて長くゲームを楽しめると思いますよ」
「楽しむ…か」
「はい。プレイヤーの笑顔を見たいと思うのがおかしいですか?」
「……」
立て続けにしゃべる私を、室長が遮らずに無言で観察し続けてくるこのパターンはいつものことだ。
そして、この後はおおよそ決まって思想の話をぶつけてくる。
「…チュン」
「はい?」
「お前にとってプレイヤーとは何だ?」
ほら来た。
けど願ってもない。私のプレイヤーさん達への気持ちは絶対に間違っていないから。
「仲間です」
「?」
「私たちは運営で、立場は違うけど…。プレイヤーさん達は一緒にパズサバというゲームを盛り上げ、一緒に楽しむ『仲間』です」
「……」
「楽しくないですか?私たちが作った世界で喜んで、楽しんでくれることが」
「……そうかも」
「課金する人だけが望ましいプレイヤーって訳じゃないですよね!?」
「そうかも」
「室長こそ教えてくださいよ!プレイヤーさん達のことをどう思っているのか!!」
「…さっきから言っているが?」
「へっ……?」
「……そう。『カモ』」
私の中で何かが弾けた。
もし冗談だとしても受け入れられなかった。
「ふざけないでくださいっ!!無課金も重課金も関係ない!プレイヤーさん達がいるから今のパズサバがあるんですっ!!
室長はプレイヤーさん達のこと嫌いですか?ラキセブが当たらないと文句を言うから?水が偏りすぎだとブチ切れてくるから?」
目尻に冷たいものが溜まるのを感じた。
自分でも感情が昂ぶり訳がわからなくはなっていた。
これは…悔しさ?悲しさ?
何か思うところがあるのか、室長が伏せ目がちになる。
「どうなんですか!?プレイヤーさん達のこと嫌いなんですかっ!?」
「おかしな事を聞く」
「……?」
「君は自分を養ってくれる存在が嫌いかね?」
「……!!」
何だと言うのだろう。
頭の中が真っ白になってゆくのを感じた。
この場所が大好きだったという自分の感覚すらも疑いそうになった。
頬を涙が伝う。
もはや潤んだ視界では室長がどんな顔をしているのかもぼやけていた。
こんな私の姿を、嘲笑っているのだろうか?
それとも憐れんでいるのだろうか?
「……も…」
私の口は自分の意思もよそに、何かを発せようとした。
馬鹿みたいだ。私は、自分が何を言おうとしているのかもぼやけてきた。
私は一体…
「わたし…パズサバが好きです」
ああ…。何のことはない。
そうだよ。
私が言いたいのってこれだけじゃん。
———三日後。
私は元気に…、いや、いつもよりは力無く職場のドアを開けた。
掲示板の前にみんなが群がっている。
そう。今日はみんなが応募した「次のコラボ選抜結果日」。
だけど、私は掲示を見たくはなかった。
室長との面談で、私が書いたコラボなんてお門違いだったのだと思い知ってしまったから。
「チュン、おはよう」
メイファンが話しかけてきた。
勘のいい先輩のことだ。きっと私が気落ちしていることをお見通しで気を遣ってくれてるのだろう。
「おはようございます」
「結局チュンはコラボなんて書いたの?」
「え…。いや、なんか今にして思えばすんごい場違いなこと書いちゃってて…あはは」
「場違い?」
「はい…。いつもコラボってパズサバの雰囲気に合わせたホラーとかシリアスな感じのばかりだったじゃないですか」
「うん」
「だけど、思い切って趣旨を変えて可愛いキャラクターとかとコラボしちゃうのがコラボの良さかもなって思って…」
そう言う私の顔を覗き込むメイファンの口元が少しニヤッと笑ったような気がした。
やっぱり私変なこと言ったかな…?
「じゃああれ、やっぱチュンのやつなんじゃない?」
「へっ…?」
恐る恐るメイファンが指差した掲示板を見る。
「えっ…?ええっ!?」
そこにはデカデカと真っ黒なカワイイクマの絵が貼り出されていた。
日本のくまモンとかいうご当地キャラクター。
そう…。
私が用紙に書いて投函したキャラクター。
「な、なんで…?」
私はちょうど隣に立った室長の方を見た。
今日の選抜は、その部署の長が自分の部署からどのコラボを出すかを決めるというものだからだ。
つまり、室長が私の出したくまモンを選んだということになる。
「ど、どうして…」
「部下の笑顔を見たいと思うのがおかしいかね?」
それだけ言い残して部屋から出ていく室長の目は、今まで見たことがないくらい優しそうに見えたのは私の気のせいだったのだろうか。
「おめでとう、チュン」
メイファンが私の髪をくしゃっと撫でる。
「なんでだろう…絶対ないと思ってた」
「チュン君。室長の判断が不思議なのかね?」
私はうんうんと、大袈裟に頭を縦に振った。
「あたしは室長と同期だから知ってるんだけどさ。室長って元々はチュンみたいな感じだったんだよね」
「そうなんですか!?想像つかない!」
よほど私は目を丸くしていたのだろう。
メイファンが笑いながら続ける。
「うん。プレイヤーを楽しませたいっていうか…なんていうかそういう雰囲気が」
「……」
「たぶん、なんかそーいう気持ちをチュンと話してて少し思い出したとか?なんじゃない?」
そんなメイファンの話を、私は掲示板に貼られたくまモンの顔を見ながら聞いていた。
「面白いじゃん、このキャラ。ちなみに室長のことだから、チュンの機嫌取るためだけに選んだりしないよ?」
私は胸が熱くなるのを感じた。
「まだうちの部署がこれって決まっただけだからねえ。他部署の候補達にも勝ってくまモンに決まるといいねっ!」
「うんっ!!」
くまモンが私に笑いかけているように見える。
『一緒にプレイヤーを喜ばせようね』